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金津園とは?

1888年厚見郡上加納村字金津に開かれた、金津遊郭が始まりである。
後に柳ヶ瀬の西柳ヶ瀬に移転する(当時58軒あったという)。
太平洋戦争時、この地に軍需工場を建設するため岐阜市東中島付近に強制移転される。
整然とした地割上に急造されたが、バラック造りの風情がないものだったという。
戦後ここは、手力特殊喫茶街と呼ばれるようになる。

1950年10月15日、
当時の国鉄岐阜駅南口の紡績工場跡地に
一斉移転。
この時業者は60軒あり、
場所取りはくじ引きの上決められたという。

この時1軒あたりの広さは
63坪にきっちりとわけられた。
その後赤線地帯を経て、
ソープ街になったものである。
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写真で見る金津園

 
      
加納水野町一丁目交差点を中心に東西に一本ずつの通り、
奥の西側二本、東側三本の通りの合計7ブロック程度の区画が密集地帯となっている。